60年8月生まれ。高校在学中から二人の兄たちとともに芸能関係の会社を興し、舞台演出家として、GLAY、ソフィア、ケツメイシなど多くの人気アーティストのステージを手がける。昨年2月、ツアー中に体調が急変し、血液透析を導入。その後、腹膜透析に移行し、現在は週1回の血液透析と併用しながら、精力的に仕事をこなす。横浜市で両親と同居するも、年間約200日は国内外に出かけて不在。スケジュールは2年先まで埋まっているとか。
去年の2月、ツアー中だったんですけど、体調があまりにも悪くて、呼吸も苦しいし、風邪にしてはひどいなと思って、内科のお医者さんに診てもらったら、ちょっとここじゃ処置できないからと、そのまま透析設備のある病院へ。有無をいわせず血液透析です。後で聞いたら肺に水は溜まるし、心臓は肥大するし、カリウムの値は限りなく10に近くて、かなり危険な状態。
まさか病院から救急車に乗って、別の病院へ行くなんて思ってもみませんでした。両親とも糖尿病で、僕自身も20代の頃からそうだったので、いずれ腎臓にくるだろうとは聞かされていたのですが、まったく危機感がなかった。その前年の夏の終わりに、足のむくみに気づいたときも、飲みすぎかなと思って2ヶ月くらい禁酒したら治ってしまったもので、そのまま放っておいた。無知というのは怖いですね。
シャントの手術をして、1ヵ月ほど入院した後、コンサートの仕事に復帰し、週3回の血液透析の合間を縫いながら、沖縄や大阪へツアーに出ていたのですが、時間的に不規則で、透析センターにも現場のスタッフにも迷惑がかかる。芸能関係で透析というのは致命的だと思われますよね。実際、糖尿病の主治医は、この仕事をつづけるのは無理だと思っていたみたいです。でも、会社のホームページで、病気のことを日記に書いたら、たくさんの方が体験談や励ましのメールをくださって。
おかげで、いろんな情報を仕入れることができた結果、自分にとってベストな方法として導き出したのが、腹膜透析との併用だったんです。コンサートって、週末は必ず行われるけれど、月火はやらないでしょう。だから、そこへ血液透析を集中させれば、仕事にも影響が少ないし、うまくスケジュールを組めるなと思って、5月になって少し予定が空いたので、先生に相談し、腹膜透析の手術を受けました。
今は併用にして本当によかったと実感しています。ツアー中は、コンサート会場の楽屋を一室押さえてもらって、トラックには腹膜透析ボックスというのをつくって搭載しているんですよ。6段くらいの引き出しにバッグ交換に必要なものを入れて、真冬はホットプレートでお湯を作ってバッグを温めたり。そういう計画を立てるのが、僕の本来の仕事なもので。それに、週1回血液透析をするというのが、僕にとってはちょうどいい足かせになっているんですよね。
血液透析だけの頃より、栄養や水分の制限がラクなので、この仕事には向いているのですが、その分、どうしても自分に甘くなってしまうでしょう。でも、週初めの検査で、たとえば体重が増えたり、カリウムの数値が上がっていたら、自分でコントロールする目安にして、忙しい中でも、たんぱく質やリンを控える方法を模索するようになる。一週間後にまたチェックできるわけですしね。確かに、週に一度針を刺して4時間じっとしているのは辛いことですが、それによって、自分の身体の情報が、毎週、毎月、必ず手に入るわけです。
今年は夏にパリへ行こうと思っています。展示会の仕事なのですが、ついでにヨーロッパを回って2週間ほど。去年も6月から腹膜透析を始めて9月にはハワイに行っていましたからね。スキューバしにマウイへ。搭乗前に血液透析して成田に直行し、飛行機に乗っている10時間は腹膜を休ませて、向こうのエアポートで一回目の腹膜透析、という具合。ホテルに透析液を送ってもらって。それがうまくいったので、今年の初め、5泊7日でラスベガスに。ゴルフもしましたよ。こんどは血液透析を1回休むことになるんですが、2週間腹膜透析だけにしてみて、どのくらい血液検査の結果が変わるのか、そういうことも知識として持っていたいなと。血液透析ができないという可能性も、今後あるかもしれないですし。キャンプも好きなので、透析専用のテントのこととか、いろいろ計画中です。
実は、4歳ずつ年上の兄貴たち二人とも、44歳と45歳で、他界しているんです。僕は今年46歳で、兄貴たちより1年は長生きできたことになります。これ以上、両親を悲しませたくない。血液透析との併用を選んだ理由は、それもありますね。できるだけ腹膜を長持ちさせたい。8年ともいわれる腹膜の寿命を10 年、12年にと頑張っていれば、そのうちに人工腎臓でもできてくるんじゃないかなと。身体はなくなっちゃったけど、魂は生きているからこそ、兄貴たちの分まで、たくさんの人たちに助けられて、ここまでやってこれたと思う。お返しに、透析をしていても何でもできるんだぞってことを、皆さんに伝えていきたいんです。

