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患者さんの体験談~一病息災~

第1回

小関 盛通さん(こせき もりみち:1969年生、団体職員)

 

「透析は、生活するためにある。ライフスタイルは健常者と一緒です」

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小関 盛道さん 69年10月生まれ。
高校在学中に発病し、約10年後にHD(血液透析)導入。4年半後にCAPD(腹膜透析)に切り替え、現在はCAPDと週1回のHDを併用。6年前、患者さん会の先輩に誘われ、民間企業での仕事のかたわら東腎協の役員に。昨年4月より現職。
保存期の思い出

野球部で甲子園を目指していた高校2年のとき、突然たんぱく尿が出て、腎生検をしたら即入院。腎不全とはそれからの付き合いです。学校へは病院から通って、なんとか卒業しました。25歳でシャントをつくったとき、「絶対に透析には入らないぞ」と一念発起。

それから2年間、必死で食事療法に励みました。低たんぱく米のごはんと1食10gの肉や魚を詰めた弁当を自分でつくり、空腹は特殊食品でまぎらわして。外食が一切できないから、会社の同僚や友達とコミュニケーションがとれなかったのが、何より辛かったですね。

HDからCAPDへ

血清クレアチニン値が10を超えたとき血液透析を導入したのですが、ようやく自立して会社勤めを始めた頃だったので、残業もできず午後4時には退社しなくちゃならないのが後ろめたくて。そんなとき、同年代の看護師さんから腹膜透析をすすめられたんです。

カテーテルを埋め込む手術をした病院には、CAPDの患者さんがたくさんいて、皆さんすごく元気。よくよく聞けばトラブルもあるのに、辛いこととか忘れちゃってる。そういう話を聞くと、あ、オレもできるかなと希望がもてるようになるんですよ。体験者の話は本当に励みになります。

忙しくても充実

休日はたまに海釣りに行くぐらいかなあ。事務局での仕事は、都民の集いや腎臓移植 キャンペーンなどで土日に出ることも多いんですよ。イベントの企画から準備、後始末まで全部ですから、あまり暇はありませんね。でも、いろんな分野の方たちとお会いできて勉強になります。

患者さん団体ですから、まず、患者さんが安心して透析を受けて暮らせるよう守っていくのが第一の仕事。東腎協は30年の歴史があります。透析治療は現在助成制度がしっかりしている。それは先輩たちが頑張って勝ち取ってくれたものです。透析ができなかったら、いまの僕はいない。地球環境と同じで、自分もお世話になった分、次の代へつないでいく責任があるんです。

透析はライフスタイル

僕もね、笑って過せるようになるまで3~4年かかりました。やっぱり、ショックですよね。不安だし。でも、いつまでも被害者意識のままというのはつまらない。保存期の方には、まず自分は透析に入らないぞという強い意志で、食事療法や自己管理に臨んでほしい。

ただ、いまは透析の質もいいし、HDやCAPDなどいろいろな選択肢があるので、気持ちの余裕ももっていてほしいんです。わからないことがあったら、ほかの患者さんに話を聞いてください。透析は、生活するためにある。ライフスタイルは健常者と一緒なんです。透析しながら生きていることを、むしろありがたいと思って、好きなことをできるだけすればいいと思うんですよ。

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