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患者さんの体験談~一病息災~

患者さんの体験談~一病息災~

腎臓病と共にイキイキと暮らす方々に、腎臓サポート協会理事長 松村満美子がインタビュー
(職業や治療法は、取材当時のものです)

第100回

中野 健司(なかの けんじさん:1955年生まれ)
PD

 

中野 健司

腎不全保存期を42年間継続中!
主治医のアドバイスで臨床検査技師に。
定年後も乞われて現役続行中!

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1955年12月生まれ。62才。9才でネフローゼ症候群を発症し、以来、病院を転々として寛解と再発を繰り返していた。16才で虎の門病院にかかり寛解するが、治療を中断し20才で再発。その後、42年間腎不全保存期を保ち続けている。臨床検査技師、家族は妻と息子二人。
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60過ぎまで元気にここまでこられて、満足しています。
9才で腎臓病を発症し、ほとんど学校にいくことができず将来を悲観していた中野健司さんは、山梨から自ら希望して東京の病院に入院。そこで出会った医師や患者仲間から自分の病気について勉強し、将来の仕事まで決めました。以来42年間、臨床検査技師として働き、家族を持ち、腎不全保存期を保ってきました。ここまで治療を継続できた秘訣はなんなのか、中野さんの勤務先、東京天使病院をお訪ねしました。

 

病気を知ることが一番の治療
血圧が218の180で腎臓が悪いことを知る
    
松村 腎不全保存期を42年も保ってこられた秘訣ってなんなのでしょう?
中野 そうですね~きっと患者教育を受けたおかげですね。若い頃に自分の病気について教えてもらい、きちんと理解してたからだと思います。
松村 どこで教わったんですか?
中野 虎の門病院です。当時から患者教育に熱心で、腎臓病についてしっかり勉強させてもらい、実際に透析しているところも見学させてもらいました。
松村 いつ頃ですか?
中野 1971年で16才のときです。
松村 当時の透析は大変な治療でしたよね。
中野 患者が自分で透析の膜を張ったり、ほんとうに大変でした。透析を受けていた先輩患者さんからはいろいろ教えてもらいました。
松村 社会に必要とされる人しか透析が受けられませんでしたから、働き盛りの先輩だったのでしょうネ。
中野 ええ、透析のため大学を中退した人とか、病気のことだけじゃなく、人生についても影響を受けましたね。
松村 透析はまだ保険適用じゃなかった頃ですか?
中野 まだでした。患者さんや先生方が厚生省前で「金の切れ目が命の切れ目」とシュプレヒコールして、若かった自分には刺激的でした。
松村 全腎協ができた頃ですね。私もそのなかにいたんですよ。
中野 そうですか。僕は治療がうまくいき一旦は退院できたんです。調子が良かったので、だんだん病院にいかなくなり、高校3年の冬には薬も切れて飲まなくなってました。あげくのはてにスキーにいって羽目をはずし病気が再発してしまったのです。
松村 寒さと激しい運動は腎臓に悪いですからね。
中野 「黙って来なくなるようなことはもうしないと約束しなさい」と、主治医の原茂子先生にすごく叱られました。そして僕の人生を決めることが起きたんです。
運命的な出会いで進路まで決定!
死を見てきたからこそ、充実した生を大切に
中野 再入院時のヒアリングで「腎臓を良くして、自分の進む道を考えたい」と話したら、これを聞いた原先生が、「中野君、検査技師になってみない?」と勧めてくれたんです。
松村 臨床検査技師ですか?
中野 そうです。原先生は、「検査技師の知識を持てば、自分の身体も管理できるし、仕事にも就ける、一石二鳥じゃない」と、検査室を見学させてくれました。このとき見た検査室の雰囲気は今でも脳裏に浮かびます。「よし、自分も検査技師になるぞ!」と強く思いました。
松村 国家試験は一回でパスできましたか?
中野 はい、同期より4年遅れでしたから、気持ち的には背水の陣を敷いてのぞみ、一発で合格し、就職することもできました。
松村 最初に就職したのが今の病院ですか?
中野 いえ、転職も2回ほどあります。最初に就職した病院の閉鎖などを経験し、今の東京天使病院に採用され、25年です。一昨年定年でしたが、継続雇用で今も働き続けているんです。
松村 今はどんなお仕事を?
中野 無呼吸症候群を担当して、15年になります。
松村 どんなことをするのですか?
中野 無呼吸症候群の治療は、患者さんの病気に対する理解が不可欠で、医師の指示のもとCPAP療法という治療法の説明や導入サポートをしています。虎ノ門病院での患者教育の経験がとても役にたっているんです。
松村 というと?
中野 無呼吸症候群の治療は効果が実感できづらく、きちんと理解していないと、治療を止めてしまう人が多いんです。
松村 なるほど、慢性腎臓病(CKD)もそうですものね。
中野 CKDの人が途中で挫折して人生を終わりにしてしまったのをたくさん見てきましたから、僕はきちんと教えてもらったことを守ったのが良かったのだと。患者さんと向き合うときは、挫折させないよう気をつけています。
一度は寛解したのが無理をして再発
死を見てきたからこそ、充実した生を大切に
松村 最初に発病したのは?
中野 1964年、小学3年になる春休みです。家族で温泉旅行にいき、帰ったら目の周りが浮腫んでいて、近くの医者で腎臓が悪いといわれました。
松村 それでどうしましたか?
中野 入院すると良くなるのですが、家にいるとまた再発して、近所の病院を転々と入退院を繰り返していました。
松村 学校にはいけたのですか?
中野 ほとんどいけなく3年留年してました。14才で5年生のとき、大月市民病院に入院したんですが、周りの人たちが「東京にはいい病院がある」と話しているのを聞いて、「いってみたい」と思い、虎ノ門病院に転院することになったんです。
松村 ご両親も大変でしたね。
中野 うちは山梨の都留市で、遠くに入院するのは無理といわれましたが、懇願しました。
松村 それで病気のほうは?
中野 こじれていた病状を調整し、約6ヶ月で寛解し退院することができました。
松村 それは良かったですね。それで何年生に戻ったんですか?
中野 中学2年に入れてもらうことができました。
松村 学校はどうでしたか?
中野 3年遅れで復学は決まりましたが、遅れを取り戻すのは無理だと絶望しました。学校に行くのも嫌だったのが、行ってみると友達ができて、希望が芽生えてきました。この年代から健常者とともに過ごせたことが、一般常識を体得し、社会復帰につながったと思っています。
松村 身体のほうは順調でしたか?
中野
調子もよく、順調に進級して高校生になり、部活ではブラスバンド部に入り、帰宅後はエレキギターを習い、バンド活動もできたし、大型バイクの免許をとり、青春を取り戻しました。そして羽目を外し再発してしまったのです。 写真
透析になっても、なったらなったでいいかな~
死を見てきたからこそ、充実した生を大切に
松村 それで今の体調は?
中野 クレアチニンが正常範囲を抜け始めて1.5前後ですね。
松村 透析にならずにいけるかどうかというところですね。
中野 ええ、だから血圧と尿酸の管理は特に気をつけています。
松村 食事はどうしていますか?
中野 塩分とたんぱく質を控えるようにいわれています。
松村 計ってやってらっしゃるの?
中野 厳密にやると続かないので、感覚でやっていますが、患者教育のおかげで、きちんと理解しているからできるのです。
松村 では、普通の食事で?
中野 ええ、うちの病院は栄養管理に力を入れていて、普通食でも塩分10g以下なんです。野菜もたくさん使うし、僕はカリウム制限はないので、昼は病院の食堂で食べています。時々蓄尿検査の結果を見て、これは食べ過ぎとか、もう少し食べてもいいとか判断し量を調整すれば、数ヶ月で改善します。
松村 蓄尿検査はよくやるのですか?
中野 年に3~4回です。
松村 薬は何を飲んでいますか?
中野 血圧の薬が3種類、尿酸の薬が1種類、それから逆流性胃腸炎の薬と微量のステロイドを続けています。
松村 ステロイドは普通は徐々に減らし、切っていきますよね?
中野 僕はステロイドを止めると尿タンパクが急激に増えるので、微量で続けているんです。
松村 尿タンパクはどのくらい?
中野 2+ぐらい。タンパクは抜けちゃうけど、老廃物のろ過機能はギリギリなんです。
松村 じゃあ、腎機能は?
中野 GFRが39です。
松村 40%くらいは働いているんですね。GFRが15をきったら代替療法は何を選びますか?
中野 生体腎移植はちょっと。腹膜透析(PD)も気が進まないし、血液透析(HD)かな?
松村 覚悟はしてますか?
中野 透析ですか?そんな時がないとは思っていないけど、なければいいな~。でも、なったらなったでいいかな~というのは、僕はここまでやってこられたことで本当に満足しているんです。定年を迎えることなんかないと思っていたし、もらえないと思っていた年金だってあと数年でもらえるんですから。

 

インタビューを終えて
保存期を40年以上もキープしている方には初めてお目にかかりました。厳しい自己管理をなさっているのかと思っていましたら、実際には感覚でやっていると聞いてびっくり。とはいってもお仕事柄もあり、CKDについてきちんと理解したうえで培った感覚というので納得です。日本で透析医療が始まった1960年代当時のドクターや患者さんに共通の知り合いが何人もいてまた驚き、懐かしい話に花が咲きました。このさき透析になることなくいけるように、くれぐれもお大事に。お仕事も、患者さんのため頑張ってくださいね。
 

 

 

 

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