腎臓教室 Vol.52

生体腎移植ドナーの負担軽減をめざして

~腹腔鏡を用いたドナー腎摘出手術の導入~

東京女子医科大学 腎臓外科 中島一朗先生

6月18日~20日に行われた第55回日本透析医学会学術集会総会で、腎移植に関する最新の取り組みについてのご講演を聞きました。「そらまめ通信」でもその取り組みをぜひご紹介したいと思い、さっそく講演をされた東京女子医大の中島先生に、わが国で最近生体腎移植が増えてきた理由の一つである、アメリカで開発されたドナーの負担を軽くする手術法についてご執筆いただきました。

腹腔鏡下ドナー腎摘出手術とは?

 生体腎移植のドナーに対する手術法のひとつであり、腹腔鏡と手術器具を挿入するための10mm前後の皮膚切開を数個と、腎臓を取り出すために必要な5~6cm皮膚を切開して手術を行います。
 従来からの腰の部分を斜めに大きく切開する開腹手術に比べると、傷の大きさは格段に小さくてすみ、肋骨を切除する必要もないため、手術後の痛みは著しく減少しました。
 さらに手術中の出血の量も少なく、大きな傷あとが残らないなど美容上の利点もあり、入院期間も短く、社会復帰も早まりました。また、ドナーの肉体的苦痛が少なくてすむということは、レシピエントの精神的重荷を軽減させ、生体腎移植の普及に大きく貢献しています。

腹腔鏡下ドナー腎摘出手術の現状

 1995年にアメリカで開発されたこの術式は、米国内で急速に普及し、2001年には従来の開腹術2292件(38.2%)に対して3534件(58.9%)とはじめて過半数を超え、2008年には5515件(92.4%)と生体腎移植ドナーの術式として完全に主流を占めるようになりました。
 一方、わが国においては2000年代からいくつかの施設が徐々に導入しはじめ、2008年では生体腎移植総数991件中全国調査のアンケートに回答のあった676例の症例のうち、572例(84.6%)にこの術式が行われており、米国と同様にドナーの腎摘出手術として定着しつつあります。
 東京女子医科大学腎臓外科でも、2001年2月にこの術式を導入し、2010年4月には関連施設を含めて700症例に達しました。その内訳は、男性280例・女性420例で、左腎摘出673例・右腎摘出27例、平均年齢は55.1±11.5歳です。
 手術成績は、平均手術時問は143.7±39.1分、平均出血量は39.7±60.8gで、手術時間の短縮と出血量の減少は明らかで、輸血を必要としたり、途中から開腹手術に移行せざるをえなかった例は0です。

腹腔鏡下ドナー腎摘出手術の功罪

 このように新たな術式の導入は多くの利点がありますが、その一方で十分な配慮も必要です。
  1. 術式としての功罪
     術中出血量の減少、術後の痛みの軽減、早期社会復帰の実現などの利点の一方で、ドナーの安全確保のためには高度な技術が必要で、誰でも、どこの施設でも行える手術ではないため、限られた施設でしか現時点では受けられません。
     また腎動脈腎静脈を短く採取してしまうと、移植後の腎機能に悪影響を与えたとの報告もあります。しかし、経験豊富な施設においては問題は生じていません。
  2. 医療経済における功罪
     2010年4月の診療報酬の改定で、腹腔鏡下移植用腎採取術は51,850点、開腹による採取術は34,200点と大幅に増加しましたが、腹腔鏡下手術に必要な手術器具は高額であり、その使用には十分な配慮を必要とします。
  3. 生体腎移植の普及における功罪
     ドナーの肉体的苦痛とレシピエントの精神的重荷の軽減は、明らかに生体腎移植の普及に貢献してきましたが、実施可能な施設は限られ、年間5症例未満の施設では導入には消極的です。

腹腔鏡下ドナー腎摘出手術の将来展望

 ドナーの低侵襲と安全性の両立には、この術式に精通した腎外科医の養成が急務であり、わが国で腹腔鏡下でのドナー腎摘出手術のさらなる普及の鍵を握っているものと思われます。

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