腎臓教室 Vol.135(2026年1月号)
遺伝子改変ブタ腎臓の腎移植への利用 ~現状と展望~
監修:長嶋 比呂志 先生
明治大学バイオリソース研究国際インスティテュート教授
腎移植は透析療法より予後が良く、患者さんのQOLを改善します。しかしながら、ドナー不足が深刻で、異種移植や再生医療への期待も高まっています。今、最も注目されているブタ腎臓の移植について、その現状と展望をご紹介します。
臓器移植用ドナー動物にブタが選ばれた理由
動物の臓器を末期臓器不全の患者に移植する試みは1960年代からおこなわれ、Keith Reemtsmaらによってチンパンジーの腎臓を移植された患者さんが、最長9カ月生存した例もあります。しかし、治療効果が不十分な上、霊長類の使用は倫理的、疫学的課題をともなうことから、他種類の動物の使用が必要になりました。研究への使用が可能な動物の中で、ブタは臓器の大きさや機能がヒトに近く、さらに多胎であり繁殖性に優れていることや衛生的な飼育が可能なことなどの特徴を持ちます。また、人類の歴史上多年に渡り食用に供されてきたブタを医療目的に利用することには、倫理的な抵抗感が少ないと考えられました。加えて、ブタの遺伝子操作技術やクローニング(特定の生物と同一の遺伝情報を持つ個体を作成する)技術が開発されていることが、臓器ドナー動物の候補としてブタが最適である決め手になりました。臓器ドナー用のブタの遺伝子操作研究は1990年代以後に活発化し、それにともない、ブタ臓器をヒトに移植した際に起こる拒絶反応を回避するために必要な遺伝子操作が次々とあきらかになっていきました。

遺伝子改変ブタ開発の発達と転換点
ブタ臓器をヒトに移植すると、超急性拒絶と呼ばれる激しい拒絶反応に続くさまざまな反応が起こり、臓器機能は廃絶します。超急性拒絶の引き金になるのは、ブタが持つαガラクトース抗原にヒトが持つ抗体が反応すること(抗原抗体反応)です。超急性拒絶反応の克服には世界中の研究者が大変苦労しましたが、ゲノム(ある生物が持つDNAの全情報)編集技術の登場によって状況は一変しました。今では、αガラクトース抗原に加え、ブタ臓器の移植に不都合なその他の抗原も取り除くことができるようになりました。さらに、ブタ臓器がヒトの体内で活動するために必要な、何種類かのヒト遺伝子が特定されました。これらの研究成果によって、今では約10種類の遺伝子を操作することで、ブタの臓器をヒト体内で一定期間活動させることが可能になりました。

米国におけるブタ腎臓移植の治験実績
米国のバイオベンチャー企業によるブタ腎臓移植の取り組みが世界をリードしています。この企業はこれまでに、拒絶反応に関わる10種類の遺伝子の操作と、ブタからヒトへの感染リスクが懸念される内在性レトロウイルス(進化過程でブタゲノムに組み込まれたウイルス)の遺伝子の不活化を施したブタを開発し、臓器ドナーとして使用しています。
このブタ腎臓移植は2025年、既に2例(11月現在)おこなわれ、1月に移植を受けた患者さん(67歳 男性)は、移植の有効性の目標とした24週間を上回る38週間の透析離脱を達成しました。現在は移植した腎臓の機能が低下したため透析を再開して、次の移植機会を待っています。6月に移植を受けた患者さん(54歳 男性)も透析離脱を継続中で職場復帰されています。米国の治験はボストンのマサチューセッツ総合病院で実施されており、合計6例の移植試験とその評価の後に、複数の医療機関で例数を増やしておこなわれる予定です。米国では他にも2社がブタ腎臓移植の治験を申請しています。このような事例から、遺伝子改変ブタを用いた腎臓移植が臨床応用に近づいていることが伺えます。
ブタ腎臓移植の日本での普及に向けて
日本では現在、明治大学及び明治大学発バイオベンチャー企業と米国の企業が提携し、ブタ腎臓移植の臨床応用の準備を進めています。米国で患者さんへの移植に使われたブタと同一の遺伝子をもつブタを、クローニングと呼ばれる生物のコピーを作製する技術を用いて企業の生産施設で生産・育成しています。2024年に生産した43頭の一部を用いてサルへの移植実験に成功し、今後は患者さんへの移植臨床試験(治験)を早ければ2027年に始める準備を進めています。このプロジェクトは国の支援もいただいており、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)や経済産業省の大型補助金を受けています。上述の通りバイオベンチャー企業が開発したブタは、米国で非常に優れた実績を残していますので、その前例を踏襲することで、日本での治験を成功裏に実施できる可能性が高いと考えています。日本での治験における対象患者さんの選択は、米国での先例を参考におこなわれるものと推測されます。しかし将来の臨床応用段階では、個々の患者さんの状況や要望に応じて、ブタ腎臓移植をいかに利用するかが問われることになるでしょう。
コラム
透析患者さんのQOLの改善策として、また透析に替わる選択肢として、ブタ腎臓移植が利用できる未来は決して夢ではないはずです。期待と希望を持ちながら、今できる治療にしっかり向き合って、少しでも長く健やかに過ごしましょう。
<公開シンポジウムのおしらせ>
2026年2月15日(日)13:00~16:30、「異種腎臓移植の臨床応用への期待とそれに伴う社会的課題」が開催されます。事前登録不要、参加費無料。
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