心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.86(2016年4月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

原 茂子 先生   

原 プレスセンタークリニック

患者さんのひとことから診断ができました

 医師として現在まで50年余り、虎の門病院での第一歩から、日々の臨床診療を続けてきております。患者さんおひとりおひとりの治療経過のなかでの思い出がいっぱいです。当時認められていない特殊な治療をして、患者さんの希望に添うことができて、患者さん、ご家族、病院スタッフと大喜びをしたこと、などです。診療のなかから学んだことは、医学書に書かれた知識ではなく、いまも診療にかかわる日々のなかでの知恵であり、わたくしの宝物となっています。多くの患者さんに支えられて現在があるように思います。

 多くの患者さんとの出会いのなかで、30年前、虎の門病院分院で勤務をしていたときのこと。35歳の女性が足のむくみで、他の病院を受診され、腎不全で透析治療を勧められましたが、その後、当方を受診されました。クレアチニンの値は7mg/dlと高く、尿蛋白が多くネフローゼの状態であり、超音波では腎臓は小さめになっています。慢性腎炎による腎不全の状態です。透析導入を少しでも回避できるように保存的管理をと思いましたが、近いうちには透析導入が必要と思った次第でした。(透析導入の目安のひとつとしてクレアチニンの値は8.0mg/dlとされておりました。また蛋白尿の多い場合には、腎機能は早くに低下します。)

 入院間もない時に、患者さんが「前の病院で、受け持ちの若い先生が、『不思議だな、普通の試験紙での蛋白尿はマイナスなのに、蛋白尿が出ている……』といわれましたが、先生、私の腎臓の病気は何なのでしょうか?」と問いかけられました。患者さんのそのひとことで特殊な腎臓病であると思われました。腎臓は小さめで本来腎生検は望ましくないのですが、治療が可能かもしれないと思い、患者さんのご希望も強かったので、施行することとしました。

 その結果、診断はライトチェイン沈着症で、ライトチェインという特殊な蛋白が腎臓にたまるまれな腎臓病でした。患者さんは、自分の腎臓病の名前がはっきりしたことを喜ばれました。治療を開始しクレアチニン値は4.0mg/dl前後まで改善しましたが、この病気では心臓に沈着がみられることもあり、心臓への管理も大切でした。治療開始から4年間透析を回避することができました。最終的には透析導入となりましたが、患者さんは自分の腎臓病が診断できたことに、満足されていました。

 患者さんのひとことがヒントになり、腎臓の病気を正しく診断に導いたと思います。この方はすでに亡くなられましたが、私にふたつの知恵をのこされました。そのひとつは、患者さんの話のなかに病気の真実が隠れていることがあると。もうひとつは、透析に入る前にできる治療はないかを、考えてみることが大切であると。私の心に残っている患者さんのおひとりです。

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