心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.90(2016年12月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

秋澤 忠男 先生   

昭和大学
医学部内科学講座腎臓内科学部門 客員教授

1970年代のリン管理のにがい思い出
ーもっと長生きさせてあげたかったー

 腎不全患者はリンの管理が長生きや合併症の予防に大変重要だ、とスタッフから助言を受けておいででしょう。近年はダイアライザーの性能は向上し、オンラインHDFなどという高効率の治療法も普及して、透析でのリンの除去能は大幅に向上しました。しかし、1970年代の透析は性能が低く、水分やリンなどの尿毒素の除去は容易ではありませんでした。

 そこでリンの管理にはリン吸着薬の服用が今以上に大切で、当時はアルミニウム製剤であるアルミゲルが代表的な薬剤でしたので、これをきちんと飲んでください、と繰り返しお願いしていました。アルミゲルは最新のリン吸着薬に比べてもリンの吸着力は強力でしたが、かさばって服用しづらい薬剤でしたから、患者さんからの評判も悪く、大量に服用して頂かなければならない患者さんに何とかうまく服用して頂ける方法を模索していました。そうしたなか、ある栄養士さんがアルミゲルを含んだお菓子を制作され、これがわりに食べやすく、アルミゲルの服用が容易になることが分かりました。そこで患者さんとご家族に作り方の講習会を開催して、高リンの改善を試みました。

 そのような患者さんのなかに60代後半のAさんがおられました。もともと会社の経営者で、社会的地位も高く、理解力に富んでおいででしたが、リンの管理は苦手で、このお菓子作戦を大変気に入られ、アルミゲルの服用量も増加し、リンも立派に管理できるようになりました。数年後、Aさんから最近どうも物忘れがひどく、体が勝手に動く、との訴えがあり、症状が進んで入院透析となり、しばらくして他界されました。

 1976年、透析患者さんに神経・精神障害が出現し、急速に進行して死に至る透析脳症という病気が報告され、Aさんの症状や経過はそれに酷似していました。1978年にそれが脳へのアルミニウム沈着が原因であることが、また80年代に入ると、アルミニウムは貧血や骨折の原因となることも判明しました。このアルミニウムは当初透析液に由来すると考えられましたが、その後、食事や薬剤中のアルミニウムも原因となることが分かり、透析患者さんへのアルミニウムを含む薬剤の使用は1992年に禁止されました。

 Aさんが亡くなった本当の原因は分かりませんが、1970年代、私のような若い医師は、アルミニウムが毒となる可能性に思いが至らず、リン管理という目先の目標に目を奪われ、不適切な指導をおこない、それに率直に従われ、たくさんのアルミニウムを服用されたことがA さんの死を早めたのでは、と強い自責の念にかられました。より広い視野にたって将来を予見する診療ができていればと悔やまれます。

 私の若き時代の失敗談ですが、若い先生方や患者さんにお伝えするのがせめてもの償いと思い、紹介させて頂きました。

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