心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.97(2018年2月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

乳原 善文 先生   

虎の門病院
腎センターリウマチ膠原病科 部長

より良い治療法を、患者は求めている

 腎臓内科医として踏み出し30有余年が経ち、紹介したい患者は山のようにいますが、あえて一人を選びました。

 当時64歳の男性で、すでに血液透析歴が14年にもなっていました。原疾患は多発性嚢胞腎という常染色体優性の遺伝で子供の50%がそれを受け継いでゆく疾患です。当時治療法としては腎臓を摘出する外科的治療しかありませんでした。多くは徐々に何十年もかかって腎臓が腫大するため、症状が乏しい人が多く、症状がでたときには腎臓がかなり大きくなって全身状態が不良になり、嚢胞感染も合併していることがあります。多くの患者は急にお腹が大きくなってきたと外来に飛び込んできますが、急に腎臓が大きくなることはなく、腎臓が腫大して腹筋が張り裂けてお腹の締まりがなくなるから急に大きくなったように感じるようです。この患者さんも同様で腎臓腫大に伴い腹筋がなくなり、体を支えることもできなくなり疲労感も強く、なんとかしてくれないかと来られました。このように全身状態が悪くなると外科的治療もリスクが高くなってきます。当然外科医も治療に躊躇しました。

 その半年前に腹部を打撲して腎臓から大出血した患者にスポンジを使った腎動脈塞栓術をおこなった結果、出血も止まり、腎臓も縮小した症例を経験していました。ただスポンジでは再出血しやすくもっとしっかりした塞栓物質を探していた折に、コイルという塞栓物質があることを知りました。そこでこの患者にコイルを使った治療を提案しました。患者は「この治療の経験はあるのか」と訊いてきました。「あなたが初めてだ」と話しました。「では俺は実験動物でモルモットと一緒じゃないか」。「そうかもしれません」と答えました。「他に治療法はないのか」と尋ねるので、「外科的手術もあるが外科医がうんといってくれない」と。「他に治療法がないのならやってもらおうか」とすんなり了承。よっぽど辛かったのでしょう。

 初めての治療なので院内倫理委員会で承諾を得た後におこないました。治療後痛みを伴い、「こんな治療を受けるんじゃなかった」と喚き散らしていましたが、1週間も経ち痛みが消えると、「お腹がこんなに楽になりました。もっと早く受けておけばよかった」と話すようになり、長らく絶えていたゴルフにも通えるようにうなりました。

 2年経ち、この患者が「この治療法は続いているのか」と訊いてきました。「良い治療法と思うが患者がきてくれないのです」と答えたところ、「私は通信者の記者なので、取材させてくれ」と記者会見を受けることになり、なんと土曜日の夕刊の一面に掲載されました。これを読んだテレビの記者が押しかけてきて、3時間かけて何度も同じことを記者が納得するまでしゃべらされた結果は、土曜日の夕方6時と7時のニュースに放映されました。時間は1分足らずでしたが、その後週刊誌までが取材に訪れ、患者が殺到。それまでは2年間に20名の治療が、1年間に100名にもなり、その後20年間近く続き、小生の外来を訪れた患者総数は3000人にも及びました。より良い治療法を患者は求めていることを実感した瞬間でした。

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