心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.103(2019年2月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

酒井 謙 先生   

東邦大学医学部
腎臓学講座 主任教授

膠原病を経て、血液透析・腎移植へ
本邦初・長期腎生着の血液型不適合腎移植患者さん、今もお元気です

 研修医のとき、昭和60年代の川崎市立井田病院での出来事です。その患者さんは膠原病から腎不全になり、ステロイドパルス療法や血漿交換を行いながら、井田病院にて血液透析に至りましたが、その後東邦大学で腎移植へ、移植5年後、出産という夢を実現しました!

 1955年生まれ現在63歳。25歳で高熱をだし、膠原病(SLE)を原因とした慢性腎臓病にて30歳で血液透析導入、33歳で母をドナーに腎臓移植。ABO血液型不適合の本邦腎移植2例目。38歳で男子出産。長年、輸血によるC型肝炎の治療を継続しながらも、移植30年の現在では血清クレアチン0.7mg/dlで元気にされています。

 一番輝く20代は闘病生活で過ごされ、溶血性貧血、IgA選択欠損症、ネフローゼ症候群の合併もあり、その間に腎不全と知ったうえで結婚。透析にはご主人が送ってくださったとお聞きしました。この患者さんの1986年の透析導入の翌87年、その頃は禁忌とされていた、ABO型血液型不適合移植の米国学会に医師1年目で上司相川厚名誉教授のお伴をしました。1989年には佐賀医科大学、東京女子医大、東邦大学、大阪大学で相次いでABO型不適合移植がおこなわれたのです。その1例がこの患者さんで、術前のIgA欠損症は現在では移植のリスクと考えられるものでありましたが、見事に移植後IgA(免疫グロブリン:呼吸粘膜、消化管粘膜防御機構を作る)は復活したのです。したがってIgA欠損による肛門周囲膿瘍も消失し、IgA欠損はSLEによるものであると判明しました。

 SLEはこのような若い方に多い病気で、腎不全を合併すると透析に至る場合が多く、その他の全身合併症も生命を脅かします。SLEは、私達内科医にとって、大きな治療目標です。透析に至れば、妊娠出産は相当厳しいものになり、血液型が違う(患者さんB型・母はAB型)、IgA欠損があるという状況では移植もほど遠い時代でした。様々な前処置をして、長谷川昭名誉教授の決断で移植がおこなわれたのです。

 思えば腎不全医療の時代の変遷にいつもこの患者さんはおられました。まだエリスロポイエチンのないころ、輸血量多くC型肝炎に羅患されましたが、①1989年ABO血液型不適合移植が始まったこと、②現行の移植後免疫抑制はSLEの治療と同じ治療薬剤を使用し、すなわちSLEの治療が移植後も継続されること、③C型肝炎の治療薬が2010年以降飛躍的開発が得られたこと。以上の歴史の上におられるこの患者さんを透析前保存期~血液透析期~移植期まで同一施設で拝見できる喜びは腎臓内科にとって大変うれしく思います。ドナーのお母様はお孫さんにも恵まれて、お母様も腎臓をあげた甲斐があったかと思います。

 本邦でおそらくは一番の長期生着のABO血液型不適合移植と考えます。腎不全治療選択は現在では多くなっています。その治療選択をタイムリーに支える喜びを感じながら月1回の外来主治医を今もおこなっています。

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