心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.106(2019年8月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

原田 孝司 先生   

長崎腎病院 院長

人生最終段階を迎えた患者さんの願望にこたえるために

 90代の男性で慢性腎不全が進行し、透析療法が必要になりました。脊椎管狭窄症で腰痛が持続し、整形外科のペインクリニックで治療を受けていましたが、効果がなく歩行もやっとの状態でした。透析は年だししないで良いとの意思表示をされました。ご家族は、透析をして長生きしてほしいとの気持ちがあり、時間をかけて説得し、透析導入となりました。内シヤントを増設し、外来維持透析が始まりました。しかしながら、脊椎管狭窄症の腰痛は増強し、通院困難となり、入院透析となりました。

 入院時に当院で活用している事前指示書を提出して頂きました。今の医学では回復困難な状態になったら、以下の治療を希望するか、希望しないかの意思表示をして頂きました。必要な点滴・水分・栄養補給および鎮痛薬による緩和ケアは希望されましたが、透析は透析施行が困難になったら中止、人工呼吸器は希望しない、心臓マッサージは希望しないとの意思表示でした。

 鎮痛処置に麻薬を使用しながら、透析を継続していましたが、そのうちに誤嚥性(ごえんせい)肺炎を併発されました。したがって絶食とし点滴を開始しました。カテーテル挿入による高カロリー輸液や経管栄養、胃瘻(いろう)の選択肢をお示ししましたがいずれも希望されず、経口摂取を強く希望されました。ご家族も本人の希望を叶えてやりたいとのことで、栄養課と相談して誤嚥しにくい食形態を始めました。しかしながら、やはり誤嚥性肺炎は改善せず、お亡くなりになりました。ご家族は、本人の希望を叶えてやったので後悔は無いとのご意見でした。

 最近は、まだ元気なうちからアドバンス・ケア・プランニングが勧められています。将来の医療およびケアについて、患者さんを主体に、その家族や近い人、医療・ケアチームが繰り返し話し合いをおこない、患者さんの意思決定を支援するシステムのことです。患者さんの人生観、希望に沿った将来の医療およびケアを具体化することを目標にしています。人生の最終段階になったら、事前指示書による意思表示をして頂くことになります。

 日本透析医学会では、2014年に出した提言を踏まえ、「維持血液透析の開始・継続・維持に関する意思決定についての提言」を作成する準備を進めています。患者さんへの情報提供と患者さんが自己決定をおこなう際の支援、自己決定の尊重、同意書の取得、維持透析の見合わせを検討する状況、維持透析見合わせのケア計画からなっています。患者さん自身がまだ元気なうちから意思表示して頂くことにより、人生の最終段階になったら、患者さんの希望に沿った医療・ケアを提供して差し上げることができます。もし認知症が進行した患者さんでは意思表示が困難ですので、ご家族が患者さんの意思を推測できる場合はそれを尊重し、推測困難な場合もご家族の代理判断となります。

 元気な時から、特に透析になったら、前もって自分はどうしたいのかの意思表示をしておくことの大切さを、この患者さんを通して改めて考えさせられました。

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