心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.107(2019年10月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

前田 国見 先生   

石神井公園じんクリニック 院長

信頼できる主治医と出会い、前向きに活き活き生活している透析患者さん

 慢性糸球体腎炎を原疾患とする慢性腎不全のために平成3年に血液透析を導入された主婦でした。彼女が血液透析治療を受けていた病院に、月2~3回お手伝いに伺っていたときに出会いました。その病院では治療法や患者さんの疑問に対して十分な説明がされていなかったため、スタッフから私の勤務する日にしっかり話をしてほしいと勧められ、お話を伺うようになりました。

 これまでの腎不全療養生活の過去・現在について時間をかけて話をしていただきました。保存期治療が決して満足がいくものではなかったこと、尿毒症による意識障害のなかで透析治療が開始になったこと、さらに透析導入期の不均衡症候群に苦しんだこと。家事との両立の責任を背負いこんでしまっていた時期の苦労話など、詳細に生活史を語られました。透析医療に携わる医療者はこのようにじっくりと患者さんの治療歴と生活史をリンクさせて考えることが大切であること、そして、いつでも患者さんの話を真摯に聞く姿勢を貫くことが、良好な患者-医療者の人間関係の土台であることを認識しました。

 親密な交流が始まってから1年ほど経過したときに、九州出身の彼女から、地元の高校の同窓会に出席したい、今までは透析生活に入った自分を同窓生に見せるのが恥ずかしかったが、先生と話しているうちに生きていくことに自信をもっていくことを学んだから…と打ち明けられました。週3回の血液透析医療は順調に経過していたので、旅行透析を地元の透析施設にお願するのが通例でした。しかし、その時に、「腹膜透析(CAPD)への移行の選択肢はないのだろうかという疑念が湧いてきていました。その時すでに、無尿であった患者さんにCAPDを導入するメリットはあるのだろうかと自問自答を繰り返していましたが、生活の自由度を上げるため、たとえ数年間でも腹膜透析治療を実施して快適な生活を提供できないかと真剣に考えました。

 思い切って彼女にCAPDへの移行について提案しました。予想外の提案を受け、手術を受けることに躊躇している彼女に「立ち止まって手術を受けないことを後悔するより、今できる最善の方法を選択して前に進むことを考えてみませんか?目の前の主治医がすべてを引き受けますから」と自信たっぷりに伝えたことが、安心感につながったのでしょう。東京に来ていただいてCAPDカテーテル留置術を受けていただきました。手技の習得も速く家族の献身的サポートも得ることができて、念願だった同窓会に参加し、自分が透析患者であることにある種の誇りさえ感じながら楽しんできたと、笑顔で報告を受けた時には涙が出そうになりました。

 数年後、再度血液透析に戻りましたが、困難だと思われていた無尿状態でのCAPD治療を自分の手で継続できたことは、彼女にとって辛かった透析生活を楽しみに変えて生き抜く勇気を与えたのだろうと思っています。

 その後、両側の腎癌のための両腎摘出、早期の肺癌のための手術などを受けましたが、手術を受ける決断も常に前向きに生き抜く姿勢を貫き、今も楽しみながら28年目の透析生活を送っています。生き抜く勇気を教えてもらったのは、実は僕の方であったことに気づいたのは、お恥ずかしい話ですが、つい最近になってからです。

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