心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.118(2021年10月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.118(2021年10月号)

西 慎一 先生   

神戸大学大学院 医学研究科
腎臓内科学 教授

先生の所に来てもしょうがないんか

 私は新潟県から兵庫県に移動して診療を続けています。雪国から関西の地に移動してきたわけです。そのため土地ごとに随分と患者さん気質も違うものだと実感しております。関西の患者さんはストレートに気持ちを表現するのが上手ですが、雪国の患者さんは口が重かったのだと感じています。もっと押しなべて言えば、関西の患者さんはすぐに本音を口にされます。その分、慢性腎臓病(CKD)患者さんの本音を聞けたと実感できたことがあります。そんな本音を吐露してくれた心に残る患者さんを紹介します。

 CKDでかかりつけ医の先生から紹介されてきた70歳の男性の方です。
eGFR 30ml/min/1.73㎡で将来透析導入の可能性もあり、腎臓専門医への受診を勧められ来院されました。今まで腎臓が悪いという自覚の無い方です。患者さんに今まで腎臓がどの程度悪いか聞いていましたかと問うと、詳しいことは聞いていないとの返事です。検診でも腎臓機能が低下していると指摘されていませんでしたかとの問いには、検診はあまり受けていなかった、今年たまたま体調が悪く、かかりつけ医の先生を久しぶりに受診したら腎機能が悪いと指摘されたとの回答でした。よくあるパターンです。そこで、eGFRを基にあなたの腎臓は健康な人の30%程度の機能ですと説明しました。

 患者さんは、「それなら腎臓が良くなる薬を今日から出してほしい」と言われました。残念ながらそのような薬がないとお話したところ、かなり怒った顔をされ「そんなら、先生の所に来てもしょうがないんか」と言われました。ごもっともなリアクションです。そこで腎機能低下の原因をお話し、これ以上の腎機能低下阻止にはどのような対応が必要かご説明しました。不満そうな顔をされていましたが、最後まで私の話は聞いてくださいました。最終的には、家庭血圧測定、栄養指導受講なども了承され次回の予約をとりました。尿中ナトリウム排泄も多く、塩分過多の食事をされていた方です。次回受診時、家庭血圧を拝見すると早朝高血圧がみられ、降圧薬の処方変更が必要と判断されました。処方変更により早朝高血圧は改善しましたが、勿論eGFRは改善しません。ただ、患者さんが塩分制限も守れたことで全体的に血圧は安定しました。ある日患者さんからこう言われました。「腎臓は良くならんけど、血圧が高いのも怖いから先生に診てもらって良かったわ。そやけど先生、腎臓良くなる薬をはよ作ってくれ。もっと研究してほしいわ」。確かにおっしゃる通りです。腎機能低下速度を緩徐にする薬剤は開発されつつありますが、腎機能を正常化する薬はいまだありません。患者さんにしてみれば、血圧、血糖値、コレステロール、尿酸などは薬で良くなるのに、何故eGFRは改善しないのか、不思議に思われて当然かもしれません。この患者さんの文句は、今後のCKD対策の究極目標につながるポイントであり、そのことを改めて痛感するきっかけとなった方です。

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