心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.124(2023年4月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.124(2023年4月号)

濱田 千江子 先生 (はまだ ちえこ)

順天堂大学 保健看護学部
専門基礎 特任教授

第2の家族作り~PD友の会の皆さんとの旅~

 末期腎不全の治療として開発された腹膜透析(PD)は、患者さんが主体的に在宅で治療をおこなう透析療法で、現在本邦の3%弱の透析患者さんがこの治療をおこなっています。1990年頃私が勤務していた病院ではこの治療を選択される患者さんが多くおられ、「PD友の会」がありました。この会は、患者さんとその家族の方の自立した透析管理を支援するために医療者、メーカーも参加して、在宅療法での不安を減らすための勉強会を定期的に開催していました。勉強会をおこなっている内に、参加メンバーから「時間や場所にとらわれない腹膜透析を選択したのだから、旅行をしてみよう」との意見があがり、腹膜透析患者さんとその家族、医師、看護師、メーカーの方総出での日帰りバスツアーが実施されました。関東近傍の観光、木更津での地引網、千葉の栗拾い、山梨のサクランボ狩り、茨城でのリンゴ狩り…「収穫のあるものがないと、さびしい」といった私のわがままを友の会幹事の方が配慮してくださり、毎回みんなが同じお土産をもって帰る旅がおこなわれました。さらに、伊豆、日光、石和での1泊旅行も開催されました。旅には、患者さんだけでなくご家族の方が多数参加され、子育て中の私も子どもや両親を参加させていただきました。この老若男女を問わない旅の時間の中で、参加者それぞれが交流し、時に日ごろの不安や苦労、愚痴を話すことで励まされ、旅行以外でも連絡を取り合い新たなファミリーを作っておられました。診察室を飛び出して活動するPD友の会は、患者さんとの深い交流のできる貴重な機会であり、参加によって患者さんの飾らぬ人柄や生活へのこだわり、家族への思いなどを伺うことができ、ひよこ腎臓医であった私に、多くのことを教えてくれました。今では、当然となっている患者中心のケア(患者にとって価値あるアウトカム)や患者家族の参加した医療(患者は単なる「医療の受け手」でなく、最善の医療をつくるチームの一員)、共同意思決定(医学的エビデンスだけでなく患者の価値観、意向を含め、協働で最善の選択を探る)の診察姿勢を友の会の皆さんから学ばせていただきました。

 腹膜透析は、在宅治療で病院受診回数を少なくできる一方、患者自身の精神的負担が大きくなる可能性があります。療法を通した第2の家族が喜びや不安を共有し、支援しあうことで、療法に前向きになれる姿勢を教えていただきました。ともすれば、透析が始まってしまうと人生が終わりと受け止め、生活に透析療法が組み込まれた生活を否定的に感じ、気持ちが落ち込む方が多いですが、会の皆さんの“社会とつながりながら新たな治療が開発される未来を信じ、自分たちの経験が活かされることを希望する姿勢”が、今も私の心に深く残っています。

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