心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.126(2023年10月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.126(2023年10月号)

正木 崇生 先生 (まさき たかお)

広島大学病院
腎臓内科 教授

身体の大きい患者さん

 透析においては生命予後の観点から、肥満はよくないと言われていました。ところが近年では、ある程度BMIが高く保たれている方が、生命予後が良いと言われています。特に腹膜透析においては、肥満患者の方が、生命予後が良いというデータもあります。しかし腎移植においては、現在でもBMI 25未満が推奨されています。

 20年程前、私の外来に体重100kgを超え、身長も180cmを超える末期腎不全の患者さんが立て続けに3人来られました。全員BMIを理由に 移植は断られたため、透析導入を希望されました。当時はまだ、肥満であれば腹膜透析は相対的禁忌であると言っている人もいた頃です。透析導入まで少し時間的余裕があったため、ライフスタイルがどうか、仕事はどうか、通院はどうかなど、希望を聞きつつ、看護師、栄養士などとも話し合いをおこない、最終的に3人とも腹膜透析を選択されました。当時はShared Decision Making(SDM*)という言葉は知りませんでしたが、SDMの形式になっていたように思います。3人とも血液透析を希望されると思っていましたし、強く腹膜透析を薦めたわけではありませんでしたが、結果的に3人とも腹膜透析を選択され、かつその後の生活にも、体調面だけでなく、仕事もやりやすいなど、 満足されていました。

 特に印象に残るのが、3人の中でも1番若かった方で、食事量も活動量も多い患者さんでした。体重を尋ねると、100をはぶき、「5kg」とか「8kg」とか答えるような人でしたが、食事量を落とせないらしく、体重が減少することはありませんでした。活動量も多いためか透析量がかなりいる状態でした。腹膜透析において、このように大柄で、透析量の必要な患者さんを診た経験はあまりありませんでしたが、大きな外国人でもできるのだから大丈夫だろうと軽く考えていました。しかし、その時初めてわかったことは、当時の某社のAPD(自動腹膜透析)の機械では、設定そのものが3Lまでで、腹腔内に3Lまでしか透析液を注入できない状況でした。患者さんは、まだ余裕で入ると言われていましたが、機械の設定上不可能だったのです。それでも何とか夜間に約15Lの透析液を使用し、透析そのものは問題なくできたものの、保険請求の際には、必ず体重を記載しなければなりませんでした。ライフスタイルの変化から、現在は血液透析に変更されて他院へ通院されていますが、たまに「顔を見にきたよ」と言って診察室を覗きに来られることがあります。今では笑い話ですが、ご本人には腹膜透析の方が満足度が高かったようです。

 こういった患者さんの希望からも、満足度という観点からも、患者さん自身のためにもっと在宅医療が選択されても良いように思います。腎不全医療を担う立場からは、腎代替療法の患者満足度向上を願っています。

*SDM:Shared Decision Makingの略で、医療者と患者が双方の情報を共有しながら一緒に意思決定するプロセス。

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