心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.128(2024年4月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.128(2024年4月号)

森本 耕吉 先生 (もりもと こうきち)

慶應義塾大学医学部 
血液浄化・透析センター

「いまの自分」に合った腎代替療法を選ぶ

 腎代替療法の選択における共同意思決定(SDM*)の活用が広く普及しつつありますが、1人ひとりの患者さんのライフゴール(人生の目標)を意識し、それに合った治療法を選ぶことの難しさを、私は日々痛感しています。

 血液透析(HD)を20年以上続けてきた患者さんがいました。食事や生活習慣の自己管理がとても上手で毎月の検査結果も良く、深刻な合併症をきたしたこともありませんでした。この方には、「伴侶の定年後は地元に帰って一緒にお店を開きたい」という夢がありました。この夢の実現を数年後に控えたある日、「週3回の通院はもうウンザリ。ふたりでお店を開くためにも、腹膜透析(PD)に変えて通院回数を減らしたい」とのご希望があり、透析クリニックから当院をご紹介いただきました。ご本人やご家族とよく相談し、無尿ではあるものの自己管理は良好であり、HDを週1回に減らして週6日のPDとの併用療法に移行することは十分可能、との判断に至りました。当院でPDを導入し、同時にそれまでPDを管理した経験がなかった透析クリニックでHDとPDの両方を管理する体制を整えました。その後の数年間、透析不足や腹膜炎といったトラブルを一度も起こさず併用療法を継続し、地元へ帰り夢を叶えることができました。

 また、「仕事が忙しく治療の時間をある程度自由に変更したい」とのご希望でPDを選んだ患者さんがいました。残存腎機能の低下による透析不足のため、PD導入の数年後から勤務先近くの透析クリニックで週1回のHDの併用を始めました。PDも透析クリニックで管理していただき、透析に関わる通院の負担を最小限にするよう心掛けました。さらに数年後、悪性腫瘍が見つかり、抗がん剤治療が始まりました。抗がん剤の投与直後にHDを実施する必要があったため、週1回のHDを当院での抗がん剤の投与後におこない、PDの診察もまとめておこなうこととなりました。その後、残念ながら緩和ケアの方針となり、それに合わせて自宅近くの透析クリニックで併用療法を管理する体制を整え、さらに終末期には、在宅での看取りのご希望に合わせて、PD単独療法へ移行し往診医に管理していただきました。生活や治療に合わせて、透析の方法や場所の最適化を繰り返すことができたケースでした。

 腎代替療法の選択には絶対的な正解がなく、SDMを活用してその患者さんに合った治療法を選ぶ必要があります。そして、患者さんによっては、ご本人やご家族の生活の変化や合併症の影響等によって、最適な治療法が変わることがあります。腎代替療法は最初に選んだらそれで終わり、ではありません。SDMを活用して患者さんと医療者がともに現状をよく認識し、「いまの自分」に合った治療法を選びなおしていくこと(腎代替療法の最適化)が、腎代替療法の究極の目的である「ライフゴール達成」のために必要である、と確信しています。

*SDM:Shared Decision Makingの略で、医療者と患者が双方の情報を共有しながら一緒に意思決定するプロセス。

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