心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.133(2025年7月号)
(先生の肩書は掲載当時のものです)
松尾 七重 先生 (まつお ななえ)
東京慈恵会医科大学附属病院
腎臓・高血圧内科
心に残る患者さんの日常の姿
医師になってから約四半世紀、最近ますます患者さん方と多職種で関わることの大切さを実感しています。外来で患者さんにお会いする前に、看護師さんから聞く患者さんの近況「お孫さんが生まれたそうですよ」や「前回よりだいぶ元気」「表情が暗そうです」などの情報が、採血データよりも役に立つのです!栄養士さんに褒めてもらうのが嬉しくて、減塩に目覚めた方もいらっしゃいます。多職種カンファレンスでそのような患者さんの最新情報を聞きながら、いつも「かなわないなぁ、さすがだなぁ」と嬉しい敗北感を味わっています。
そんな中、心に残る患者さん・・と仲間に相談したら、「そんなのたくさんいすぎて」と口々に言われました。その通りですが、なんとか3名にしぼってみました。
70代後半の男性は、花屋の看板おじいちゃんです。店主は娘にゆずっていますが、透析の合間に店先に座り、道行く人と言葉を交わし、フラワーアレンジメントにアドバイスを送る毎日です。腹膜透析の機械接続第一号の患者さんでしたので、「おれが第一号なんだよ」と他の患者さんに自慢されていました。遠方の患者さんで、通院が難しくなった時点で近隣の病院に転医されましたが、今でもお花に囲まれた姿が目に浮かびます。
二人目は長いお付き合いの男性です。もともと腹膜透析をされていて、いつも外来には奥様と一緒に来院されていました。奥様はパッチワークの腕前がプロ級で、「いつも楽しそうにチクチクやってます」と二人で過ごされている日々です。途中で週3回の血液透析に移行されてからも、1年に1回受診され、そのたびに看護師や私にお手製の布ポーチなどをプレゼントしてくれていました。その後残念ながら奥様が心臓の病気で急逝されたことを1年ぶりの外来で聞きました。その時にも、患者さんは奥様のお手製の布バッグを私たちにくださり、「まだまだたくさんあるから、長生きして毎年もってきます。使ってくれると妻も喜びます」と言っていただきました。色とりどりのセンスのいい布バッグを、みんな今も愛用し、今年も楽しみにしています。
最後は90代女性の方で、娘さんとの二人ぐらし。娘さんは子育てもひと段落して、今度はお母さまに親孝行したい、とお母さまの腹膜透析をフルアシストされています。毎月の腹膜透析外来でお二人ともおしゃれをしてこられ、外来の後に美味しいものを食べて帰られるのが楽しみで、看護師さんたちと、病院周辺の美味しいお店の情報交換をされているとのことでした。お母さまは、外来で出口部を見ると「これはなあに?」と腹膜透析カテーテルを不思議そうに見つめておられ、娘さんは「お母さんの元気の元よ」と答えていらっしゃいます。透析をしていることを忘れてしまえるほど、穏やかな毎日のようです。
思えば、心に浮かぶ患者さんの姿は、こんな日常の一コマだとみんなで笑い合いました。