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患者さんの体験談~一病息災~

患者さんの体験談~一病息災~

腎臓病と共にイキイキと暮らす方々に、腎臓サポート協会理事長 松村満美子がインタビュー
(職業や治療法は、取材当時のものです)

第76回

田口 明さん(たぐち あきら:1948年生まれ、会社員)
HHD

 


患者・ドクター・ナース・技士チームで在宅透析(HHD)に挑戦し、スタート!

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1948年生まれ、66歳。宮崎県出身。36歳のときに会社の健康診断で尿たんぱくを指摘され、腎生検でIgA腎症と診断される。奥様の協力による食事療法で22年の保存期の後、2006年腹膜透析(PD)導入。2008年PD・HD併用。2012年HHD導入。自らの体験を、HHDを希望する患者さんに伝えることで、HHD普及に尽力している。2014年在宅血液透析研究会で患者として発表。
透析は、回数も時間も、多い方が良いのを実感
将来は、寝ている間にHHDで、昼間は自由に過ごしたい
田口明さんは、36歳のとき、会社の健康診断でたんぱく尿を指摘され、検査の結果IgA腎症と診断されました。食事療法を続け22年の保存期の末に腹膜透析(PD)を導入し、その後、PDと血液透析(HD)を併用していましたが、HHDへの移行を希望。病院スタッフと協力して聖マリアンナ医科大学病院でのHHD患者第一号となりました。患者を中心とした医療チームのお話を伺ってきました。

 

患者の希望を聞いて病院もHHD導入を
患者の希望を聞いて病院もHHD導入を
松村 聖マリアンナ医科大学病院の在宅透析(HHD)患者第一号ということですが、どうしてHHDを始めることになったのですか?
田口 当時は腹膜透析(PD)と病院での血液透析(HD)の併用をしていたのですが、PDもそろそろ限界に来ていたので今後どうしようか考えていました。生体腎移植の話もあったのですがうまく進まなくて、ちょうどその頃にHHDの講演会があり、大変興味を持ち、主治医に「やってみたい」と相談しました。
松村 聖マリアンナではHHDはやっていなかったんですよね。
田口
ええ、当時、神奈川県でHHDをやっていた病院は2つしかなくて、東海大学付属病院と汐見台病院だけでした。それで聖マリアンナの先生や看護師さん、技士さんたちと一緒に汐見台病院の川口 良人先生のところに行って、HHDとはどんなものか、どうやってやるのか、勉強させていただいたのです。 2014年4月、在宅血液透析研究会に参加した聖マリアンナ医科大学病院の透析スタッフと田口さん(右から4人目)2014年4月、在宅血液透析研究会に参加した聖マリアンナ医科大学病院の透析スタッフと田口さん(右から4人目)
松村 じゃ、先生方も汐見台病院で研修されたんですか?
田口 はい、みんなで。私は2週間入院して勉強し、退院後に聖マリアンナで4ヶ月トレーニングしました。
松村 主治医はどなたですか?
田口 櫻田勉先生です。私があまりにも早くHHDを決めてしまったので、「家族は大丈夫ですか?」と心配してくれました。
松村 で、奥様はなんと?
田口 最初は反対しました。HDをするとしても、「病院で腕を出していれば済むものを、どうしてそんな苦労をしなくてはいけないのか」と。
松村 それで今はどうですか?
田口 HHDを始めて体調がとても良くなったので、やはりやって良かったといっています。
腎不全の選択肢を症状に合わせて体験
腎不全の選択肢を症状に合わせて体験
松村 腎臓が悪いとわかったのはいつですか?
田口 1984年、36歳のときです。会社の健康診断で尿たんぱくを指摘されました。野球をやっていてかなり激しい運動をしていたためかと思い、1年間はほおっておいたのですが、翌年もやはり尿たんぱくがでて、聖マリアンナ医科大学を紹介され腎生検を受け、IgA腎症で治らないといわれました。これはショックでしたね。
松村 その後、病院には定期的に通っていたのですか?
田口 はい、それと食事療法を。たんぱく質40g、塩分6gでした。
松村 食事を作るのは奥様が?
田口 はい。最初は妻も病院に行って食べたものを全部書き出して勉強して、ずいぶんと苦労したみたいです。当時は子供二人と妻の両親も同居していましたが、私の分は別に用意してくれていました。
松村 食事制限をきちんと守られていたのですね。
田口 はい、会社には弁当持参で、外食もほとんどしませんでした。低たんぱく米とかおかずなど調整食品も利用しました。でも出張の時はしょうがないので、普通の食事をしていましたけど。
松村 それで透析を導入したのは?
田口 2006年、58歳のときで、病気だとわかってから22年目でした。
松村 それはずいぶん頑張りましたね。その時の気持ちは?
田口 透析をしなければならないというのは理解できましたが「やりたくない」と思うばかりで。
松村 APDを選ばれたんですよね
田口
どんな透析があるのかなんていうのはまったくわかりませんでしたが、聖マリアンナの木村健二郎先生の外来で説明を受け、また、担当の白井小百合先生から「あなただったら腹膜透析ができますよ。仕事を続けるなら寝ている間に機械が自動的にやってくれるAPDという方法がいいのでは」と勧められ、「日中は今まで通りにできるなら、これはいいな」と思い、決断しました。 透析の記録はきちんとつけて、几帳面な性格ですね透析の記録はきちんとつけて、几帳面な性格ですね
松村 APDを始めて体調は?
田口 それまでもあまり自覚症状はなかったのですが、とても調子が良くなりました。周りからも顔色が悪くてむくんでいたのが、「とても良くなった」といわれるようになりました。
*APD:寝ている間に器械を使って自動的に腹膜透析をおこなう方法(Automated Pertioneal Dialysis)
松村 HDと併用にしたのはいつからですか?
田口 2年後の2008年です。APDだけでは足りなくなったので、昼間に透析液を交換するPDも始め、そのほかに週1回、HDをするようになりました。
松村 併用期間も含めて、PDはどのくらい続けたのですか?
田口 6年です。HHDに移行して2年ですが、APD、PD・HD併用、HHDと、その時の症状に合わせて治療を選んでこられたのも最初に良い病院に巡り会えたからだと思います。
患者を中心に医療連携が進む要として
患者を中心に医療連携が進む要として
松村 HHDはどんなスケジュールでするのですか?
田口
最初は、何かあったときに病院の指示を受けられるよう、透析室が対応できる時間にすることになっていました。朝7時半から夕方6時くらいまでで自分の好きな時間でかまいません。 自宅で透析中。なれた場所ですっかりリラックスして自宅で透析中。なれた場所ですっかりリラックスして
松村 トラブルがあっても、透析室の指示を受けられるからですね。
田口 そうです。今は午前中に透析をしています。というのは現在は週3回、午後に会社に行っているので、その前の時間を透析に当てています。会社の日は8時~10時まで2時間、会社に行かない日は11時までの3時間です。
松村 HHDをやってみて体調は?
田口 体の調子はとてもいいですね。やはり透析は、回数も時間も多い方が良いわけで、HHDなら自分の都合にあわせてそれが可能なことを身をもって体験しています。
松村 将来の希望はありますか?
田口 夜、寝ている間にHHDをして、昼間はまったく自由にできればと思っています。でも、まだ医師から許可されないんです。腎臓内科の先生が当直の時は夜でも対応できるのでOKとはいわれているので、午後10時くらいに透析することもたまにはあります。
松村 その後、聖マリアンナでHHDを希望する患者さんは増えたのですか?
田口 2人目の患者さんが8月からHHDを開始するようです。3人目の方もトレーニングを始めているし、保存期の方で最初からHHDを希望している方もいらっしゃいますね。
松村 HHDを選ぶ患者さんが増えているのには、田口さんも一役買っているとか?
田口 はい、患者さんと面談をしたり、自宅でHHDをやっているところを見学してもらったりしています。
松村 それはすごい、ご自宅に来ていただくのですか?
田口 はい、医師から説明を受けたり、資料を読んだりするだけでなく、同じ患者の経験談を聞くことで、皆さん、納得したり安心したりするみたいです。同じような立場の人によるサポートという意味で、ピア・サポートと呼ばれますけど、これからも病院から要請があれば、いつでも相談に乗ったり、見学していただければと思っています。
松村 ドクターやナース、技士さんたちだけでなく、先輩患者さんも良き指導者なんですね。

 

インタビューを終えて
とてもお元気そうで、透析をしておられる方には見えませんでした。それも毎日ご自宅でしっかり透析していらっしゃるおかげですね。それにしても、ドクターを始め、透析室のスタッフが、患者さんと一緒にほかの病院に研修に行くなんてすごい。それとピア・サポートの試みも興味深いですね。今年4月の在宅血液透析研究会では、田口さんご自身が聖マリアンナ医科大学病院の代表としてピア・サポートについて発表なさったそうですが、患者さん本位の医療が実践されているのが、とてもすばらしく、頼もしく感じました。
 

 

 

 

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